Button History

素材からみたボタンの歴史

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古代から19世紀まで

現代の私達が考えるボタンの原型は、動きやすい衣服を求めた古代北方のゲルマン世界とされる。より暖かいギリシャ/ローマ世界ではゆったりと布をとめたり、くぐらせたりするブローチ/バックルに近いものが発達した。 しかし長い中世を通じて、当時の文化先進地であるイスラム圏で用いられていた金属製のものなどは贅沢品としてほんの一部の人々には知られていたが、大部分のボタンは単に開閉を目的とする自然素材ボタンであったと考えられる。1400年代以降、ヨーロッパは産業生産の向上や社会構造の変化により大きな変革の時代が始まり、ピッタリした袖口に小さなボタンを沢山並べる流行など服飾の複雑化なども始まった。ボタン素材もルネッサンス文化のなかでより多様になり、 金銀、水晶、真珠、珊瑚、鼈甲と言った贅沢な素材、技法としてはエナメル、モザイクや多彩なガラス技法などが発展した。しかしこれらの特殊なボタン以外は、糸と針によるテキスタイルと一体化したオーナメントとしての要素が強いものであった。

1500から1600年代の豪華絢爛で大味なバロックの宮廷では、余り存在を主張する事ができなかったボタンも、1700年代になると、特に男性用ボタンは、工芸品としてのその歴史上の黄金期をむかえた。 ボタン製造職人のギルドも多数存在するようになる。ステイタスシンボルとして、ロココ時代を繊細かつ優雅に彩ったのは、インタリオやインレイを施した貝や象牙のボタン、エナメルやペインティングやミクロモザイク、格段に洗練されたパスマンタリー(ブレードやコードなどの縁飾りや刺繍ビーズなど)のテクニックで飾られたボタンであった。

一方では、イングランドのバーミンガムにおいてメタルボタンの技術が開発され、 特にミリタリーボタンの需要によって大きく発展していく。ここで発達した『プレス』の技法により、 他の素材にも、より高度で複雑な加工が加えられるようになった。また時代が進むにつれセーブルやウェジウッドのなどの磁器、カットスティール、 ダイアモンドのイミテーションとしてのストラスなどの新しい素材や技法がボタンの製造にも次々と取り入れられていく。

1800年代となり、政治や産業革命による日常生活の変化のなかから、 市民階級の実用的な服にも、布や飾り紐、メタル等のボタンが一般的に大量に用いられるようになった。しかし、色としては黒が中心であり、特に1861年からのイギリスのヴィクトリア女王の服喪の後には、 他のヨーロッパ諸国でもボタン以外のすべての宝飾品まで黒の大流行となった。グリザイユによる装飾や オニキス、ジェット、黒檀、漆など黒色の素材、そして多くのブラックガラスボタンが好まれた。また、ヴィクトリア朝のロマンティックな好みを反映し、主に肖像画が多かったリトグラフのボタンや、花やハート、エンジェル、 キューピッド、当時のイラストレーター、ケイト・グリーナウェイ風の子供の情景などを扱ったピクチャーボタンと呼ばれる具象的な主題のボタンが全盛期をむかえた。

1840年頃からはガラスボタンが、ボヘミア地方などで産業として数量的にもかなり大規模に製造されるようになる。 又、象牙、翡翠、珊瑚といった異国の素材や、スーヴェニール目的のボタンもこの世紀を通じて大きな需要があった。日本からは薩摩ボタンなども輸出され人気を博し外貨を稼いだ。

近代のボタン製造の歴史では、戦時にあってはボタンにメタルが使用できず安価な自然素材などの代替材料が求められ、平和な時代には常により高価な素材を安価に模倣する研究が進められる。この大きな流れのなかでプラスティックボタンが、次の時代の主流となっていったのである。1840年頃からは、南米産の椰子の実であるタグアナッツ(コロゾ)のボタンが、ヴェジタブルアイヴォリーと呼ばれて主に紳士服用としてかなり大量に製造されるようになり1930年代位まで、プラスティックが普及するまでのその役割をになっていた。1990年代になってから、エコロジーの流れの中で素材としてリヴァイヴァルしているのも興味深い。

1800年代最後の10年のアメリカは、ゲイ・ナインティーズと呼ばれ、新興産業国家として繁栄を始めたこの国向けに、大型の宝石をまねたガラスの周囲を装飾的なメタルで飾った派手で重量のある婦人コート用のボタンがヨーロッパから輸出され人気を博した。

20世紀のプラスティックボタン

カゼイン

1890年代ドイツで発明されたカゼインはガラリス(ギリシャ語でミルクの石の意)とも呼ばれ、ミルクを原料とするため、同じタンパク質のシルクやウールに映りがよく染色も容易であり暖かくち密な素材感があり、メタルや天然素材のパーツなどと組み合わせたボタンも多数作られた。ドイツ、フランスやアメリカでもボタンやバックル/アクセサリの素材としてかなり広く用いられた。特にイタリアのボタン職人に愛され面白いサンプルなどが残っている。

セルロイド

1870年代にビリアードの玉の象牙の代替材料として登場したセルロイドは、完全な合成物質ではなく熱に弱いという欠点もあったが色だしが容易で、メタルからガラス、鼈甲や皮革やウッドまで様々な素材を容易に模倣することで、1960年代位までかなり長期にわたって使用された。ボタンやアクセサリーには、ステンシルや転写の技術などの工夫がこらされ、その意匠にはアールヌーボからアールデコなど各時代の流行がよく反映されている。

ベークライト

1907年にベルギー人Leo Baekelandが、コールタールから発明したベークライトはその強さ、美しさと輝きから、最初の完全な合成物質として、現在においてもプラスティックの宝石とよばれている。加工も容易で車、ラディオ、電話機、傘の柄、文具、喫煙具、テーブルウエア、コスメティック容器等に使用されたが、当初の暗い色から発色の研究が進んだ30年代以降は、ジュエリー、バックル、ボタンとアールデコの流行の中で、創造的に生かされた。特に透明なものは時間とともにあめ色に変色し、アップルジュースカラーと呼ばれコレクターズアイテムとなっている。

ルーサイト

アクリル系のプラスティックで、第二次世界大戦中に航空機の部材用として開発され、強さといつまでも変色しない透明感が魅力である。割れないガラスとしてガラスと同様に裏から彫りをいれたり彩色したりといった加工がなされた。ボタンやアクセサリには特に1940から50年代に利用されたが、より安価な透明プラスティックの登場にとって替わられていく。

特殊な合成樹脂(特にアセチ樹脂など)

アセチ樹脂は、様々なハンドメイド的な味のある加工が可能であり微妙な色や質感にすぐれていたが、熱に弱くその当時はクリーニング上で大きな問題があった。いかにも人工的な石油化学物質の素材感を持っており、40-50年代には非常に斬新でモダンな感覚の面白い質感のボタンが様々に試みられたが、その流行は短く次々と開発される新たなプラスティック、特に万能のポリエステル樹脂の登場により消えていく運命となった。

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